家庭、ご近所、学校、職場。
さまざまな場面で言葉遣い、話の内容、シーン毎で話し方は変わる。
長く生きて来たなら 経験値も高く、引き出しも多くて「大人」としての受け答えがしっかり出来きていてもおかしくないのだろうが、私は咄嗟に言葉が出ない時がある。
ひとつは自己否定で話された時。
話をした相手にそんな事無いよ、出来ているよ と誉めて貰いたくて言っている場合とほんとうにどうにもならなくて真剣に相談している場合。
答えはどっちなの⁉️
と逆に聞きたい。
もう一つ、答える側が全力で
「そんな事無いから全然大丈夫だから‼️」
「言葉」は励ましているのだが、常にそう言う人がいる。
何をもって「大丈夫」なのか?
あなたが何か保証するのか?
確信があるのか?
私がひねくれているのか⁉️
時にどんな場合でもその人、その人が納得いくように上手に言葉を返す方もいる。
歳を重ねるとそんなスキルも必要なのだとも思うが、
私は自分が他人に返答が出来ないような内容を他人に話して回答を求める事はしない。
相談されると「こうした方がいいよ」とか「こういうふうにやればいい」とかではなく
「私はこう思う(考える)」と伝える。
冷たいようだが、どうするかは後々本人が決める事。
先日、1浪しているお子さんを持つお母さんが
「昨日、中学が一緒だったお母さんからLINEが来て最後に(ガンバレ✊‼️)のスタンプが来てカチン💢と来たわ」と言ってきた。
ん⁉️
向こうは本当に頑張れという気持ちだったかもしれない。すべては受けとる側で結果が出る。
こんな事もあった。
友達がガンになった時、皆はすぐに励ましのLINEを送っていたようだが、私はそれを聞いてから「彼女は今どんな気持ちでいるのだろう」と考えるとどんな言葉をかけようかと一週間も悩んだ。連絡が遅くなった事をはじめに伝え、あーでもない こーでもないと悩んだ挙げ句 なんとか文章にして送った。
すぐに彼女から電話がかかってきて
「ずいぶん悩んだんやろ?○○らしいわ。私は大丈夫やから。ありがとうね。」…
長い付き合い。彼女にはお見通しだった。
逆に気を遣わせてしまった。
大丈夫なわけないのに
動物とは違って人間には言葉があって 意志疎通が出来る。
でも 本当に伝えたい気持ちが相手に伝わっているかわからない。
受けとる側の解釈によるとなれば、さらに「言葉」は便利なようで難しい。